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福岡高等裁判所 昭和31年(ネ)132号 判決 1960年3月05日

控訴人 国

被控訴人 松本治一郎 外二名

主文

原判決を取消す。

被控訴人等三名の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等三名の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする」旨の判決を求めた。

当事者双方の法律上及び事実上の陳述、証拠の提出援用認否は、次に附加訂正するもののほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

控訴代理人において

一、本件土地のうち、福岡市大字下月隈字正手五二二番地の五八、四九七坪が被控訴人松本治一郎の所有である旨の主張は否認する。この土地は被控訴人島津義磨の所有である。

原判決書七枚目表七行目、九枚目表三行目及び同裏四行目にそれぞれ「徴発」とあるのを「接収」と改める。

二、元来本件各土地は、政府が終戦に伴い占領軍たる外国軍隊がこれを接収し政府に対し調達命令を発したため、この命令を履行する必要上土地所有者等より使用権を得る目的で賃借したものであつて、賃借の目的は、政府の外国軍隊に対する国際法上の義務の履行にある。控訴人は終戦後間もないころ右提供義務履行のため被控訴人等に本件各土地の賃借を申し入れて契約を締結したが、賃借期間はあらかじめ予測しえなかつたためこれを明示しなかつたが、このような賃借目的からいつて、当然に政府における外国軍隊に対する提供義務の存続する限り賃貸借を継続する合意が成立していたものである。本契約はどこまでも私法上の賃貸借契約であるから、物件の使用状況に変化なく、単にこれを使用する外国軍隊の国際法上の名称について占領軍と呼ばれ、或は後に駐留軍と変じようとも、これをもつて直ちに賃貸借契約上いわゆる使用目的の変更とならないことは勿論である。しからば当事者間において契約の当初、控訴人が正確な国際法上の概念としての占領軍にのみ提供することを契約の要素ともせず、且つ、占領軍による占領が終了するまでを契約の存続期間とすることが明示されていない本件においては、当然その期間は政府の提供義務の消滅するまで、すなわち、占領軍または駐留軍においてこれを必要とする期間賃貸借すべきものと合意されていたものといわなければならない。このことは契約の当初より現在に至るまで該土地の使用者たる外国軍隊が占領軍、国連軍あるいは駐留軍と性格を変じたにもかかわらず、被控訴人等を含む全土地所有者より何等異議なく契約が継続されている(殊に被控訴人等は、講和発効後本訴提起までの二年余の間、簑原次作を代理人とする本件土地賃貸借契約書作成のための委任状を提出し、あるいは異議なく賃貸料を受領している)事実に照らしても明白であろう。

本件賃貸借契約締結当時、占領終結後もなお外国軍隊がわが国に駐留する蓋然性が強度であつたことは当時の国際状勢に照らしても明らかである。のみならず、外国軍隊が引続き駐留する場合、本件各土地をその飛行場基地として使用することは明白であつた。すなわち、本件各土地を含むいわゆる板付飛行場及びその附属施設は、接収時以降の大規模な工事の状況や、その立地条件等においてわが国有数の飛行場施設であり、講和後も米軍の駐留をみる場合は、これが引続き使用されることは疑なきところであつた。(ちなみに本飛行場附属施設の一部は被控訴人松本治一郎の主宰しその余の被控訴人の勤務する松本組において施行されているから、被控訴人等には一般の者より以上に飛行場の建設規模に詳しく、本件各土地が容易には返還されないものであることを予測しえた筈である。)

以上の次第であるから、控訴人は政府の外国軍隊に対する提供義務履行のため本件各土地の賃借を申し入れ、被控訴人等もこれに異議なく、賃貸借を締結しかつ久しきに亘り賃料を受領してきたものであつて、契約の期間はいまだ存続しているものである。

三、かりに前記賃貸借契約が占領状態の終結とともに存続期間が満了したものとしても、控訴人は講和発効に際し改めて本件土地を被控訴人等から賃借したものであるから、これを明渡す義務はない。

控訴人は講和発効に際し、本件各土地につき被控訴人等の代理人たる席田耕地整理組合長中山市太郎との間に、引続き駐留軍の使用に供するため期間を駐留軍の必要とするまでという定めでこれを賃借することとし、ここに控訴人主張のような賃貸借契約が成立した。そこで取り敢えず契約の証拠書類として、従来の契約条項中占領軍とあるを駐留軍と読みかえ、なおこれを控訴人に対し引続き賃貸する旨の賃貸借改訂仮契約書を作成し、越えて翌昭和二八年四月頃前記組合長中山の後任者たる簑原次作との間に昭和二七年七月二八日附をもつて同日以降同二八年三月三一日までを賃貸期間とする賃貸契約書を作成した。この契約の賃借期間が会計年度限りとされ、如実に契約内容を反映していないのは、従前の占領期間中のそれと全く同一の理由、すなわち、財政法上及び会計法上の理由によるものである。

席田耕地整理組合は、板付飛行場用地の土地所有者がもつぱら該敷地につき控訴人と賃貸借に関する法律上事実上の行為を行うために存続しているものであり、意思決定機関たる総会(意思決定は総会出席人員の過半数の議決による)と執行機関たる組合長以下若干名の委員をもうけているが、法人格を有しないため組合自体としては法律行為を行えないから、各組合員が組合長に代理権を授与しこれを処理しているものである。したがつて講和発効に際しての前記中山と控訴人間の賃貸借は、本件各土地につき組合長中山が被控訴人等の代理人たる資格においてなしたものであり、無権代理人としてなした契約ではない。

かりに同組合長にかかる内容の契約締結をなすについての権限がなかつたとしても、被控訴人松本治一郎は昭和二八年四月頃後任の組合長に対し昭和二七年七月二八日以降同二八年三月三一日までを賃貸期間とする賃貸借契約書作成に際し委任状を提出し、また、同被控訴人及び松本英一は昭和二八年三月三一日までの賃貸料を右組合長を通じ受領しているから、前記組合長の行為を追認したことになろう。被控訴人島津の所有地については昭和二七年七月二八日以降何等契約書は作成されていないが、これはもつぱら事務上の過誤に基くものである。なお、被控訴人松本英一との昭和二七年七月二八日附契約書に同人を代理した簑原次作に対する委任状が添付されていないが、かかる欠陥があるからといつて代理権の存在を否定すべきではない。

四、予備的抗弁として次の如く主張する、本件各土地の上に現存するアメリカ合衆国軍隊使用の施設を撤去した上右土地を明渡すことを求める被控訴人等の本訴請求は権利の濫用であつて許さるべきではない。

本件土地を含む板付飛行場は、控訴人が日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約三条に基く行政協定二条一項に基き、同条約一条に掲げる目的の遂行に必要な施設及び区域としてアメリカ合衆国に使用を許しているものであつて、控訴人はアメリカ合衆国に対し右飛行場を使用せしむべき条約上の義務を負つている。しかして右飛行場は現在施設の存在する部分のみをとつてみても、直接飛行機の発着の用に供せられている飛行場敷地九〇〇、〇〇〇坪、山間部約二〇〇、〇〇〇坪のぼう大なものであつて、施設の建設費は時価に見積り四〇〇億円を超えるものと推定される。元来飛行場はいわば一個の有機体であつて、それを構成する各施設はそれぞれ有機的に密接な関連を有するものであるから、その施設の中の一を失うときはたちまち飛行場全体の機能に重大な支障を及ぼすことはいうまでもなく、就中本件土地中いわゆる山間部には飛行機の血液ともいうべきガソリンの地下貯蔵庫が存在しているのであつて、数十億円の建設費を要するそれらの施設を撤去し右土地を返還するならば、飛行場全体がその機能を停止する危機に陥ること明らかである。

以上述べたところにより明らかなように、被控訴人等の本訴請求は控訴人に対し一面結果的にはアメリカ合衆国との間の条約上の義務を廃棄するという極めて至難な外交々渉をなすことを強要するに等しいものであるとともに、他面本件土地のみについてみても数十億円にのぼる施設を破壊せしめ、ひいては建設費四〇〇億円を超える板付飛行場全体の機能を停止せしめるという社会経済上極めて甚大な損失を招くことを敢えてするものといわねばならない。

被控訴人等の本訴請求の目的が奈辺に存するかは詳かでないが、かりにそれが単に控訴人に対し損害を加えることを目的とするものではなく、本件土地を耕作ないし植林等の目的に供しようとするものであるとしても、それによつて被控訴人等の得る利益と控訴人の蒙るであろう前記困難ないし社会的経済的損害とを比較考量するときは、相対立する利益との間に格段の懸隔の存することは多言を要しないところであり、被控訴人等の本訴請求は社会観念上所有権の機能として許さるべき範囲を逸脱するものであつて、権利の濫用といわざるを得ない。

立証として、乙第二一ないし第二七号証、第二八号証の一、二の各一、二、第二九号証の一、二の各一、二、第三〇号証の一、二、三の各一、二、第三一号証の一、二を提出し、当審証人永淵光次、同中秋豊、同平田次郎の各証言を援用し、甲第二、三号証の成立を認めた。

被控訴代理人において

控訴人の予備的抗弁は否認する。控訴人が本件各土地を使用する必要がその主張の如くであり、また、本件土地上の施設を撤去してこれを明渡すことにより蒙ることあるべき損害がその主張のとおりであれば、すべからく土地収用法の適用によつて所期の目的を達すべきであつて、かかる方法を採りうる余地があるのに漫然何等の権利なくして被控訴人等の所有権を侵害しながら権利の濫用を主張することは許さるべきではない。

立証として甲第二、三号証を提出し、控訴人が当審で提出した乙各号証の成立はすべて認めた。

理由

本件係争各土地(福岡市大字下月隈字正手五二二番地の五八、四九七坪を除く)の所有関係がそれぞれ被控訴人等主張のとおりであることは当事者間に争なく、右除外土地が被控訴人松本治一郎の所有に属することは原審において控訴人の自白したものであるところ控訴人は当審において自白を撤回したが、右自白が錯誤に基くものであり事実に反する点については何等主張立証がないからこれが撤回は有効でない。次に、本件係争土地全部を控訴人が現在アメリカ合衆国軍隊に板付空軍基地敷地として提供し、同軍を通じて間接にその占有をしていることは当事者間に争ないところ、控訴人は右土地占有の根拠として、右土地中被控訴人松本治一郎所有の福岡市大字雀居所在の土地(飛行場敷地内)については昭和二〇年一二月頃その余の土地(山間地区内)については同二三年一月頃、それぞれこれを占領軍もしくは駐留軍の用に供するためその必要とする期間控訴人に賃貸する旨の賃貸借契約が被控訴人等代理人訴外中山市太郎と控訴人間に成立しており、右契約は現在もなお有効に存続していると主張するので、果して右の如き賃貸借契約が成立しているかどうか、ないし、控訴人が本件各土地を被控訴人等の所有権に対抗して占有する権原を有するかどうかについて検討する。

一  本件土地中前記飛行場敷地部分について昭和二二年一二月末頃被控訴人松本治一郎の代理人たる前記中山市太郎と控訴人との間に、占領軍が「将来接収を解除するときまで」これを控訴人に賃貸する旨の賃貸借契約が成立した事実は存しないこと、控訴人が本件各土地につきこれをアメリカ合衆国占領軍ないし駐留軍の使用に供するため被控訴人等から取得した使用権の取得ないしその交渉経過に関する事実についての当裁判所の判断は原判決理由の説示と同一であるからこれ(原判決一六枚目表五行目から二〇枚目裏七行目まで-文中徴発とあるは接収と訂正する。)を引用する。なお、成立に争ない乙第二一ないし第二六号証第三〇号証の一ないし三の各一、二、当審証人中秋豊、同平田次郎の各証言を綜合すると、板付空軍基地として接収使用されている土地中、所有者が自由に使用収益することを認められた土地については昭和二八年四月一五日福岡調達局長より前記席田耕地整理組合長簑原次作あて賃貸料を支払われないこととなつた旨の通知がなされ、そのため前記の如く作成されて来た賃貸借契約書も作成する必要がなくなつたところから、右組合においてさような土地について調査した結果、誤つて被控訴人島津義磨所有の本件土地三筆もかかる土地に属するものとされ、当時他の本件各土地については作成された賃貸借契約書が作成されなかつたこと、その後控訴人は右誤認に気付き同被控訴人と賃貸借契約書を作成し賃料を支払おうとしたが拒否された結果控訴人は同被控訴人に対し昭和二七年七月二八日以降昭和三〇年三月三一日までの右土地三筆の賃料を弁済供託し来つたことが認められ、成立に争ない乙第二八号証の一、二の各一、二、第二九号証の一、二の各一、二によると控訴人は被控訴人松本治一郎同松本英一に対し各所有の本件土地の昭和二八年四月一日以降昭和三〇年三月三一日までの賃料を弁済供託し来つたことが認められる。

二  叙上の事実から、当裁判所は控訴人と被控訴人等三名との間の本件各土地についての法律関係を次の如く判断する。

(イ)  本件各土地中今次大戦中旧日本陸軍の飛行場用地であつた被控訴人松本治一郎所有の福岡市大字雀居所在の土地四筆については、昭和二〇年一一月末頃これを含む現板付飛行場敷地約六八万坪がアメリカ合衆国占領軍により接収され、じ来その事実上使用するところとなつた。ところで占領軍は日本国を管理するにあたり間接管理方式を採用していたため、日本国の法令に則り右使用を合法たらしめるための形式として昭和二一年五、六月頃日本国政府の出先機関たる福岡県当局に対し正式の調達要求をし、県は右要求をみたすため昭和二二年四月頃同被控訴人を含む右土地所有者全員の代理人たる席田耕地整理組合長中山市太郎との間に、右敷地につき前記占領軍の使用を可能ならしめるための使用権設定契約を締結した。本件土地中前記四筆を除くその他の土地全部については、昭和二四年四月一日これを含む板付飛行場東側隣接山間地区約六七万坪がこれまた占領軍に接収されるに至つたので、前同様の経過を経て占領軍の使用を可能ならしめるため、被控訴人等三名を含む右土地所有者全員の代理人たる前記中山市太郎と控訴人との間に右土地の使用権設定契約が締結された。

(ロ)  右使用権設定契約の性質について考えるに、当事者間に作成された契約書その他の文書によると「賃貸借」なる文字が用いられ、使用権の対価として「賃貸料金」「土地賃貸料」等の文字が用いられていること等に徴すると、土地所有者が対価を得て使用権を相手方に取得させ、相手方は対価を支払つて土地の使用権を取得する点において民法所定の賃貸借の一種と解するを相当とする。もつとも、成立に争ない乙第一一号証の「占領軍により接収された土地建物……に関し賃貸料を支払つているが賃貸借締結の必要があるので別紙契約書の様式に基き左記参照し至急送付願いたし」(昭和二二年一二月六日福岡県総務部長発中山市太郎宛書面)の記載、同乙第二号証の二の「土地借上契約書」なる文言、土地使用の対価が控訴人側の一方的意思表示により値上され支払われている事実並びに占領軍の使用に供するために本件各土地が使用を継続的に維持されねばならない絶対的必要性等を考えると、右契約は私法上の契約のみの性質を有するものとすることはできず、公法上の規整作用の及ぼされる余地の存することは否めないであろう。しかしなお、右契約をもつて一種の賃貸借と解することに差支えは存しない。

(ハ)  そこで右賃貸借の期間について考える。前記認定のように当初は別段明白な期間の定はなく単に「接収された土地……を連合軍の使用に供するため」という目的のみが契約書に記載されていた。ついで、被控訴人松本治一郎との間の飛行場敷地部分の土地に関する昭和二五年四月二七日附土地借上契約書(乙第三号証の一)に「本契約は昭和二四年四月一日より効力を発生……までとする。但し前項借上期間中に連合国軍より接収解除があつた場合は同日附を以て本契約を解除する」旨の条項が含まれるに至つた。これら各契約書には、毎年四月一日から翌年三月三一日まで、又はそれ以下の期間をもつて賃貸期間とする如く記載されているが、これは国の予算と財政法会計法の関係から生ずる賃貸料支払に関する控訴人主張のような制約に基くもので、右記載をもつて賃貸期間の定めと解するのは相当でない。本件各土地につき賃貸借関係の始まつた叙上の事実関係並びに各契約書の記載のもとにおいては、賃貸借の期間は、結局連合国軍隊が占領しその使用を継続する間と定められたものと解するのが相当である。してみると、控訴人は右合意による期限たる占領軍による占領状態の終了日たる昭和二七年七月二七日までは、本件各土地につき適法な賃貸借に基きこれが使用を継続しえたものということができる。

三  そこで次に、右以後本件各土地につき控訴人が適法な使用権を取得したか否かについて検討する。

(イ)  被控訴人松本治一郎所有地については、前記の如く(引用の原判決(5) 後段)、昭和二七年七月二八日以降同二八年三月三一日までの期間について有効な賃貸借が控訴人との間に締結されている。その終期が三月三一日であることに徴すると会計年度の末日であること明らかであり、契約書(乙第六号証の一)前文に「日本国に駐留スルアメリカ合衆国軍隊(以下駐留軍トイフ)ノ用ニ供スル目的」をもつて賃貸借するものであり、国において必要があるときは賃貸人と協議の上契約を更新することができ、契約期間中といえども、駐留軍が使用しなくなつた場合は国はいつでも解約申入れをすることができる(第五条)ものであること、右土地が板付空軍基地の一部として賃貸せられている事実等を考え合わせると、賃貸借期間は、駐留軍の使用が継続する期間と解するのが相当であり、昭和二八年三月三一日までというのは、前にも説明したように予算の関係からする形式的なもので拘束力のないものと解する。したがつて、右土地については、駐留軍が使用を継続していること周知のとおりであるから賃貸借はいまなお存続するものと認定する。

(ロ)  被控訴人松本治一郎と控訴人間の本件賃貸は、合衆国軍隊の用に供することを目的とするものであるところ、かかる駐留軍の存在すること自体絶対平和主義を貫くため戦争を放棄し一切の軍備を廃止した日本国憲法九条に違反しているから、右契約は憲法違反事項をもつてその目的とするものであつて同法九八条一項民法九〇条に照らし無効である旨の被控訴人等の主張について検討する。

アメリカ合衆国軍隊のわが国における駐留は、連合国諸国と日本国との平和条約の六条(a)項但書の規定によつて認められた外国軍隊であるアメリカ合衆国軍隊の駐留に関して、右条約と同時に締結された日米安全保障条約に基くものである。右条約三条に基く行政協定二条一項によると、「日本国は、合衆国に対し、安全保障条約第一条に掲げる目的遂行に必要な施設及び区域の使用を許すことに同意する。……「施設及び区域」には当該施設及び区域の運営に必要な現存の設備、備品及び定着物を含む」と規定されている。この規定に準拠する合衆国の要求に基き、日本国は本件各土地を合衆国軍隊の板付空軍基地の区域として提供し使用を許している。そこで、かかる駐留軍の存在を許容して本件各土地をその使用に供することが被控訴人等主張の如く、果して憲法民法の規定に違反しひいて前記賃貸借契約の無効をきたすものと解すべきか否かについて考える。

安全保障条約は平和条約の発効時において、わが国が自衛権を行使する有効な手段を欠く実情にあり、他面、国際社会に無責任な軍国主義の危険があるとの判断を前提とし、わが国防衛のための暫定措置として武力攻撃を阻止するためアメリカ合衆国がわが国内及びその附近にその軍隊を配備する権利を許容するため憲法所定の手続を経て締結されたものである。かくして右条約は、当時の内閣及び国会が国内及び国際の諸状勢をあらゆる方面に亘つて検討した上、その有する高度の政治的判断に基き、且つ、憲法の規定にも適合するものとして締結したものであり、その内容においてわが国の平和と安全、ひいてはわが国存立の基礎に重大な関係をもつ高度の政治性を有するものといえる。およそわが国が独立国としての固有の自衛権を有すること当然として、憲法前文にいう平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼して自衛を完うするとしても、そのためにいかなる手段方法を採るべきかはその時の国内及び国際の諸状勢を判断して決すべき重大な政策問題であり政治問題である。かかる高度の政治問題については、第一次的には主権者たる国民に対して政治的責任を負う政府、国会等の政治部門の判断に属し、終局的には選挙や世論を通じて表明される主権者たる国民の自覚的な政治的批判に委ねらるべき問題であつて、たといそれが一面において法律問題として有効無効の法律的判断を下すことが可能であつても、純司法的機能を使命とする司法裁判所の審査には原則として服さないものと解する。

この司法権に対する制約は究極するところ、三権分立の原理に由来し、政治と司法との関係における司法権の内在的制約に基くものである。司法裁判所の組織、機能、並びにその審判手続は、かかる高度の政治問題につき政治情報を蒐集分析して適確な判断をなすに適当した性格を有しないのみでなく、元来かかる政治問題は多くの場合政治的諸勢力の対立を惹起するものであるから、(安保条約並びにこれに基く米軍の駐留の違憲性について世論、学説が二つに分かれ、左右両政党の見解が激しく対立抗争していることは周知のとおりである)、本来政治に関与すべきでない裁判所がかかる政治問題の審査に立ち入ることは結果的に、裁判所が政治的紛争にまき込まれ、いずれか一方の政治的立場を代弁することとなり、その結果は司法の政治化を将来し、司法の政治的中立性を危くするからである。約言すれば、安全保障条約の違憲性の判断は司法審査権の範囲外に存在するものである。したがつて右条約が違憲無効なることの判断を前提とする被控訴人松本治一郎のこの点に関する主張は採用できない。

(ハ)  松本治一郎所有の右土地を除くその余の本件各土地について前叙の如く(引用の原判決理由(5) 前段)講和発効に際し、従来の契約条項中占領軍とあるを駐留軍と読み替え、なおこれを控訴人に対し引続き賃貸する旨の賃貸借改訂仮契約書が中山市太郎と控訴人との間に作成され、また同日附で被控訴人松本英一代理人簑原次作と控訴人間において同被控訴人所有の本件土地につき賃貸借契約書が作成されている。かように同一の賃貸借を目的とする契約書が二通も漫然と作成されていること自体すこぶる奇異であつて、これら契約書に被控訴人松本英一、同島津義磨の委任状は添付されていないことに徴すると、中山市太郎及び簑原次作には、右被控訴人等両名を代理してさような契約を締結する権限を有しなかつたものと認めるのが相当で、右中山又は簑原を通じて締結された本件各土地の賃貸借契約は被控訴人両名に効果を及ぼすものではないと解するを相当とする。

控訴人は、中山及び簑原は席田耕地整理組合の組合長で、本件各土地の賃貸につき被控訴人等を代理する権限があつたと主張するが、組合の成立目的は当初は本件各土地を含む飛行場用地の返還、開墾を促進するためであり、後に、国との右用地に関する賃貸借関係の円滑なる処理をはかることに変更されたことは認めるに難くないが、各土地所有者に代り、右組合長が代理人となつて賃貸借を締結する権限までも一括して委任されていた事実は認めることが出来ない。控訴人もこの事実を当然の前提として賃貸借関係を処理していたことは、成立に争ない乙第七、第八、第一〇号証に徴するも明らかであり、前記組合においてもその趣旨の下に組合長に対し土地所有者が具体的に各別に賃貸借締結並びに賃料受領の委任状を提出していたこと(乙第一号証の二、第二号証の二)によつても明らかであろう。右認定を左右するに足る組合規約その他の証拠は存しない。

被控訴人松本英一は昭和二七年度分の賃料を受領していること前に認定したとおりであるが、これは組合を通じて支払われた従来の賃料と同額の金員を同人の代理人松本治七が受領しているもので、その際、前記契約を承認して賃料として受取る趣旨の明示的意思表示は存しないし、その後昭和二八年九月前記組合を脱退する旨の意思表示をし前記契約の成立を否認する等の行為の存在に徴すると、単に賃料と同額の金員を従前の例にならい受領したことから、右契約を追認したと認むることは相当でない。次に島津義磨所有については所有者が自由に使用収益することを認められた土地と誤認された結果、同被控訴人との間に明示的な契約書も作成されず、賃料も支払われなかつたこと先に認定したとおりであるが、それはとも角として同被控訴人との間に同人所有土地について賃貸借の締結された事実の認められない以上、控訴人がこれにつき使用権を取得したものといえないのは当然である。

(ニ)  控訴人は、本件土地は占領軍の調達命令を履行するため賃貸せられたものであつて、賃貸期間は予め予測しえなかつたため明示しなかつたものであり、占領軍が駐留軍と変つたが本件土地の使用状況には変化なく、且つ、賃貸目的も外国軍隊に対する提供義務に基くもので前後同一であるから、国際法上の名称に相違を来たしたからといつて本件賃貸借契約に消長を来すことはない、と主張する。しかし前記二の項に説示したとおり本件各土地に関し昭和二二年四月頃及び同二四年四月頃成立した賃貸借は占領軍の使用が継続する期間存続するものと認むべきであり、駐留軍に対する施設及び区域の提供義務履行のためには、新たなる賃貸借契約の成立を必要とすると解する。期間を占領の継続中と約定した賃貸借が存在していたことを前提とし駐留軍への切替に対処するために規定されたと解せられる。「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」(昭和二七年五月一五日法律一四〇号)附則第二項は、右認定の補強証拠となしうるであろう。してみれば控訴人の右主張は肯認しがたい。

四  したがつて、被控訴人松本英一同島津義磨所有の本件各土地については控訴人はこれを占有する適法の権原を有しないというべきところ、同被控訴人等が右土地につき所有権に基き控訴人に対し明渡を求め得べきかについて考える。空軍基地はその当然の構造として滑走路をはじめとし、飛行機の格納修理施設、器材燃料等の補給施設、運航管理気象観測照明通信の諸施設を有する有機的一体をなすもので、本件板付空軍基地がその例外的構造を有する証拠は存しないから、かかる諸施設を有するものと推認すべく当審証人永渕光次の証言によると板付空軍基地も如上の施設のため既に四〇〇億円以上の費用が投ぜられていることが認められる。原審検証の結果によると、被控訴人松本英一、同島津義磨所有の各土地においてはガソリンの地下貯蔵庫が設備されていることが認められる。右土地を明渡すためには更に多額の費用を要し、且つ、基地としての使用には甚大な不便と困難を来すこと必定であり、控訴人が明渡義務を履行するについて蒙る損害と被控訴人等が明渡によつて得る利益とを比較検討するとき、被控訴人等両名の本訴請求は権利の濫用として到底認容することを得ないものといわねばならない。

被控訴人等は、そのためには土地収用によつて目的を達成しうるから、権利の濫用にはならないと主張する。なるほど前記特別措置法によれば、提供義務履行のために土地等の使用、収用に関する措置が定められているが、かかる措置が適法に採られて使用が可能となるからといつて、本訴請求は権利の濫用とならないというのは相当でない。控訴人としては右法律に準拠して適法な使用権ないし所有権を取得して、本件土地の使用を適法ならしめるのが相当であるけれども、それまでの間右土地を明渡す義務が存在しこれが履行ないし実現の事態を許すことは法の到底認容しがたいとすることが権利濫用の法理の要求するところだからである。

以上の理由により被控訴人等が控訴人に対し本件各土地の明渡を求める本訴請求は理由なく棄却すべくこれを認容した原判決は不当であるから取消すこととし、民事訴訟法三八六条九六条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中園原一 中村平四郎 亀川清)

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